空きっ腹にたましい

初谷むいのたのしいブログ

7/17 ないな、の日かー

本質的には、連絡はいつも遅れて届く。文章を考えて、書いている間に伝えたいことは変質する。大体の場合は届かない。たまに届く。遅れたり、擦れたりしている。届いたことがうれしくて、わたしは連絡をたいせつにする。忘れる。忘れてしまう。

 

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中学生の時に、好きな女の子とメールをずっとしていて、ときどき鍵のマークを付けて保存していた。鍵のマークを設定すると、古くなっても勝手に消えなくなるのだ。メールフォルダの一番古いところに、その女の子からのメールが溜まっていってうれしかった。たぶん、何かうれしいことが書いてあったのに鍵をかけていたんだと思うけど、今となっては何が書いてあったのか一つも思い出せない。

ときどき、古い連絡がふいに目の前に現れてぎょっとすることがある。普段使っていないメールアカウントを開いた時とか、送信フォルダを遡っている時とか、久々の人にラインするときの、前回の会話の履歴とか。自分の言葉が、自分の言葉でないようで、相手の言葉も、自分に向けられたものとは思えない。過去、たしかにわたしたちのあいだにあったコミュニケーションのことを、少なくともわたしは、すっかり忘れてしまっている。さみしいというよりも、おもしろいな、と思ってしまうくらい他人事になる。人間はうまくできている。

 

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しかしながら、連絡や、どちらかというと心や記憶は、ときどき時を超えることがある。へんにおぼえている事象の意味が、数ヶ月後、数年後、突然わかることがある。なんでうれしかったのか。なんでかなしかったのか。あなたは何を伝えようとして、あなたに何が伝わらなかったのか。その場でわかれよ!と思うけれど、きっとタイムスリップができたってそのときにはわからなかっただろう。そういうものなのだ。祝福はふいに訪れ、呪いはふいに解ける。そういうものなのである。

 

郵便は届かないのがふつうだと思うよ誰もわるくないのよ/雪舟えま

 

この歌がとても好きだ。

 

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具体例に欠けていておもしろみのない文章だな、、と思った。だってだいじな話だから、わたしのなかのだいじな話はできないのだ。人に話して伝わるものでもないと思うし……。

ひとつ、予言の話をすると、とても好きだった人と一度だけ電話をした時、おれの季節もいずれ終わるよ、と言われた。夜だった。その人は、わたしがその人のことをすごく好きだと知っていた。その人のことはすごく好きで、その人のことを思い出すと、その人のことを好きだったころの、地下鉄の駅の匂いや、夕暮れのアスファルトや、夜の自販機、銀色の自転車、まぶしい中華料理店、いろんなことをいっしょに思い出す。終わるはずなんてない、と思っていたが、現にわたしはその人を、ひとつの季節としてしか思い出せない。あの季節は、決して今とは連続していない。でもたしかに季節だったのだ。特別だった。丸ごと思い出せるのだから。「おれの季節」は正しくて、「いずれ終わる」のも正しかった。ずいぶん後になってから気づいた。何度も何度も思い出してごめんなさい、と思う、正解でしたね、と思う。

 

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とかなんとかエモっぽいことを書いてたら足がつった!!!!!痛い!!!!!助けてくれ!!!!!!思い出より現在!!!!!!それはまじでそう。ていうか出した予言の話がそれまでの話と微妙にずれていてわたしの美学が悲鳴をあげている。まあ、そういうこともあるよね、、。とにかく過去のことばかり考えている(というわけでは普段はない。おもうに、文章を書くというのはとても内省的なので、過去に意識が行くのだ。)のはもうやめて、ゼリーでも食べようかな。今日はコンビニでシークァーサーのグミがあって、うれしくなって買ってしまった。結構ちゃんとシークァーサーの味だった。ちいさいころ沖縄に住んでいた、沖縄自体には野犬に追いかけられたりしたのであまり良い思い出はないのだけど、沖縄のごはんは大好き。ソーキそばたべたい、ブルーシールのアイスがたべたい。ムーチーがたべたい。ポーク(スパムのことです)がたべたい……。過去は体に良くないから、未来の楽しいことを考えたいね。考えたいものです。

そういえば足、もう痛くない!!!うれしい!!!今日もよく寝てあしたもがんばるぞ!!!おやすみ!!!

 

♡今日の短歌♡

ひとりでするアスカのモノマネ楽しいなばかだったのはいつもぼくだよ

 

♡今日の音楽♡

potage/tricot