空きっ腹にたましい

初谷むいのたのしいブログ

ねむるあなたの短歌特集

こんにちは。初谷むい(短歌が好きな北海道の大学生)です。9月になって、秋がきてうれしいけど、北海道は夏の間もわりとずーっとすずしくって、なんだかものたりないな、とも思っています。

 台風の夜で眠れない。から文章を書き始める。そもそも、秋ってなんだか眠れない。眠れない夜はこわい。でも、そんなときにぴったりな素敵な相聞歌(広く恋の歌のことを、相聞歌(そうもんか)といいます)を今回は読んでいくことにする。

 

(ちなみに、前回の『こわい短歌特集』で触れ損ねたのだけど、あくまでわたしの読み方はわたしの読み方で、みんなで読み方を見せ合って楽しめるのが短歌のいいところで、わたしの読みが「正解」というわけではない。そういうふうに読めるのか〜と楽しんでいただけたら幸いです。)

 

まずはじめに、『眠る』ということについて考えていこうと思う。『眠る』って、何が起こっているのだろう。目を閉じて横になって、言葉も通じなくなってしまう。眠っている間、わたしたちはわたしたち自身のことも忘れてしまう。夢を見ている。
なんとなく、別世界へいくことのような感じもするし、姿に関しても、『眠るように死ぬ』という言葉があるように「死んでいること」と近いようにも思える。

そんなわけで、今回のテーマは、『ねむるあなたの短歌』である。眠りは、そのひとがどんなに近しい存在であっても断絶を生む。ねむるあなたを眺める時、わたしは途方もなくひとりぼっちだ。生きている人が自分しかいないような錯覚。このとき、世界は 生者・死者⇆わたし・あなたに収束される。 結果的に、わたしたちは世界からとりのこされる。

 

はじめは、ねむる誰かが隣にいる空気感がとても伝わる一首である。

 

満月じゃないけど月がきれいだな、なんて書き込む 君は寝ている/堂那灼風

*1


月というモチーフをかなり上手く使っている歌である。かの有名な夏目漱石の逸話、「月が綺麗ですね」を読者に想起させながら、しかし、くどくなくかつ切なく日常が描かれている。『満月じゃないけど月がきれいだな』はかなり素朴な気づきであり、その要因として『が』という助詞の使い方がうまいことがひとつ挙げられる。このひとは、このときにきちんとそこにある月を見て『きれいだな』と思っていたのだろう。例えば『が』を「は」に変えると、「その瞬間の月」感はかなり薄れてしまうのだ。
『書き込む』というのはおそらく、この感じからして手軽なSNSツイッターが近いのではないかと思う。夜のツイッターは孤独な空間だ。昼間はびゅんびゅん過ぎ去ってゆくタイムラインの動きがゆるやかになって、自分の「つぶやき」はだんだん本物の独り言に近づいてゆく。

ここからやっと「ねむるあなた」の話になる。

最後、唐突に『君』が登場する。君は寝ている。この流れでいきなり登場する、しかしその必然性にしびれてしまう。月を見るこのひとの隣、寝息を感じられるくらい近くに『君』はいる。『君』は眠り、このひとは起きて、月を見ている。
このとき、「ふたりの世界は完璧に異なっている」ように感じる。なんとなくこの歌の中で、こんなに近くにいる『君』はとても遠い存在であるかのように感じて、そしてそれはたぶん、『月』のイメージがそのまま投影されるからではないだろうか。このひとにとって、『君』はいま見ている月のようなひとで、完璧ではないけれどとても大切に思っている。この『満月ではない』月を見て、その瞬間に『きれいだな』と思ったように、寝息を立てる「君」を見て、大切だ、とあらためて気づく。

しかし、切ないのが、『君』に月のイメージが重なることで、どうしても「届かない」感覚になる点だ。月に手は届かない。誰よりその美しさを知っていたとしても。
それらの印象が、「夜」というモチーフと響き合うことで歌全体に漂う絶対的な孤独。さみしさ、よりも孤独、という感じがする。
このひとはいま、孤独だ、ということに気づいてないのかもしれない、と思わされる。でも、頭を超えたどこかでそれを理解していて、だからこそツイッターにつぶやいたのだ。一見相聞歌のように見えるけれど、そして、切実に相聞歌であるのだけど、仄暗い孤独の香りがたまらなく良い一首だ。

 

話が脱線するのだけど、短歌を読んでるときにたまに「ゾーン」に入ることがある。わたしの中で歌がぐにぐにと動き、想いの形を伝えてくる。きたきたきた!と思って喋り・書きはじめる。いつもではないけれど、カチッとすべての仕組みが見えて興奮してしまうことがある。この評の原型はだいたい一年前にわたしのツイッターで書かれていて、すっかり忘れていたのだが、そうなってるのがわかっておもしろかった。ゾーンにははじめからなれたわけではなくて、「読めね〜〜」の世界の中であるとき急にこんな風に読めてしまう日が来たはずだ。もちろん何度も言うが正解を出しているわけではない。しかし、自分の好きな短歌の、自分にとっての正解としての「読み」が炸裂する気持ちよさが、短歌にあまり馴染みのない人にも伝えられたら、その中にそう言うの待ってた!という人がいたらいいな、と思っている。そもそも、わたしが人の評がすごくおもしろくて、短歌をもっと好きになったという経緯があるから。わたしももっと読めるようになりたい。全然足りない。たぶんもっとすごい世界があるはずなのだ。

 

話を戻そう。次の歌は、光景を想像しながら読んでみてほしい。

 

まだ君は眠ってるだろう
静けさの
自転車置き場は海に似ている
/土谷映里

 *2


あなたはこの歌を読んで、どの時間帯が舞台だと思っただろうか。ほぼ間違いなく朝だと思う。それではどうしてそう思ったのだろう。読み返してみても、この歌には「朝」なんて一言も書いていないのに。
この歌でわたしがガツンと感銘を受けたところは、一番はじめの『まだ』である。『まだ』。この二文字だけで、舞台は鮮やかに明け方に変わる。
このひとは、明け方の自転車置き場で、『君』のことを考えている。今はまだ朝早いから、眠っているだろう。自転車置き場はひとけなくしいんと静まり返っていて、まるで海のように思える。それだけといえば、それだけで、何も起きてはいない。しかしものすごく格好いい歌だ。まずその情報量を短歌の枠できっちり納めていることがすごいし、『静けさの』を『静けさの』にしたことがすごすぎる。ここが、たとえば、『明け方の』だったとすると、その瞬間にこの短歌のはりつめた美しさは崩壊する。『まだ』がある以上朝であることはこれ以上言ってはいけないのだ。無駄は短歌では基本的にかなりダサい。
さらに、『静けさの』にしたことによって、視界から人が消える。するとどうなるか。そう、眠ってる『君』の輪郭がもう一度匂い立つのである。しびれる……。
そして、やはり、このひとも、この静かな海に『君』とふたりで世界から取り残されるのだ。もうどちらが起きているのか、生きているのかわからなくなってくる。
誰もいない自転車置き場って、海みたい。というそれだけでかなり詩的に優れた発見を、暴力のように美しい定型にまとめあげた一首である。

 

最後に取り上げるのは、悲しくなるほど美しいワンシーンを描いた歌だ。

 

喉ぼとけ、雪の稜線みたい ねえ、起きて もう目覚めないと云って/森笛紗あや

*3


「わたし」は仰向けに眠る「あなた」の白く隆起した喉仏を見つめる。まるで雪ふる山の稜線(尾根)のようだ。ふと、ある言葉を「あなた」に告げる。
はじめの『雪』によって、読者である我々の視界が真っ白に霞んでしまうのがすごい。白く眩しいベールのかかったような空間で、神のお告げのように「わたし」の言葉がひびく。

でもこの言葉は妙だ。現実世界では辻褄が合わない。起きてしまったら、もう目覚めないなんて言えるわけないのだ。
おそらく、実際には、この言葉を口に出したわけではなく、これは祈りに限りなく近いものなのだろう。起きて、わたしに言ってほしい。もう目覚めないで、ずっとここにいるということ。いつかわたしのことを忘れてしまうことを、そんなことないって、言ってほしい。細かい内容はたぶん読み取れない。上記はわたしの想像である。余白はゆるやかに読者に手渡される。
あるいは、そもそも、「わたし」が夢の世界にいるということも考えられる。夢の中で「あなた」が眠っている。あなたは今どこにいるのだろう。それはわたしにはわからない。いま、起きて、わたしの世界に来てほしい。あなたがいれば、夢なんてずっと覚めなくたっていい。あなたがここにいてほしい。
いずれにせよ、「ここにこのままいる」ということを「わたし」は、起きている(つまり、あなたの意思で)「あなた」に言ってほしい。しかし、目覚めないまま、もう目覚めない、と言うことは現実では叶わない。あまりに矛盾している。あなたはいずれ目覚めてしまう。眠り続けることはできない。ここにこのままのふたりでいることも、できない。あまりに切実な、そしてそれが叶わないからこそどうしようもなく美しい、祈りの歌である。

 


『ねむるあなたの短歌特集』、楽しんでいただけただろうか。テイストの違う三首だったけれど、どれもがねむるあなたをトリガーとして別の世界の扉が開かれていた。1つ目は孤独の扉、2つ目はふたりぼっちの扉、そして3つ目は、祈りの扉。大切なひとは、そこに存在するだけで、この地球のどこかで眠ってくれているだけで、違う世界の扉を開ける鍵なのかもしれない。
ねむる、というのはとても不思議な現象で、そのときわたしたちには意志の力ははたらかない。生きているけれど、ただの肉の塊といえばそれまでの存在になる。だけど、そのときわたしたちはたしかにわたしたちで、わたしたちもきっと誰かにとっての鍵なのだろう。

 

それではまた。秋はさみしいけれど、なんとかがんばりましょう。みなさまがすこやかにねむる夜をお祈りしています。

 

初谷むい

*1:堂那灼風さんTwitter

*2:第10回全国高校生短歌大会 優秀作品賞

*3:『BUGS1』・2016