空きっ腹にたましい

ほくたん はつたにむい

きのこの刺繍

さだめがきのこの刺繍しか食べられない女の子だって知ってからも、僕はさだめのことが好きだった。さだめは大学二年の春に今まで好きだった牡蠣のアヒージョも肉巻きアスパラもスイカもナタデココも塩パンもぶどうゼリーも全部食べられなくなって、代わりにきのこの刺繍を一生懸命噛むようになった。さだめと付き合ったのは三年生の夏だから、かれのれ一年以上きのこの刺繍で生活をしてきたきのこの刺繍の栄養だけで身体のほとんどができているさだめを僕は好きになったわけだ。きのこの刺繍はなんでもいい、ただそれがきのこに見え、そして刺繍だったら良いのだ。さだめはもはやきのこの刺繍以外のものを口に含むと全身から桃色の、おそらく血が混じった汗が吹き出し、二、三日は安静にしていなければいけない体で、付き合い始めた頃僕があげたミルクキャンディーを無理して食べるものだからミルクキャンディーは勢いよくさだめの口から発射され僕の左目を貫いた。左目は失明したが当たりどころが良かったので僕は生きている。これに関してはさだめは悪くない。悪いのかもしれないけれど僕にそれを罰する権利はない、さだめはぼくに嫌われないために一生懸命だっただけなのだ。僕はさだめのために毎晩大学が終わったらきのこの刺繍をする。なるべく美味しく楽しく食べて欲しくて、きのこ図鑑の中で色合いの美しいものを選んで作っている(幸い、世の中のきのこは僕の思っていたよりもずっと多く、しばらくは美しいものだけをさだめに与えることができる)。さだめは僕に刺繍をやめてほしいという。あたし眠らなくてよくなったから、ずっと刺繍できるからもう人間じゃないからメンタルもおかしくてもうみどりのこと紙切れにしか見れないし、みどりのことは好きだけどあたしおかしいから、みどりは刺繍なんかしなくていいよ、うまくできないけど愛してるからみどりのこと、眠ってほしいんだよ、ちゃんと、とさだめは言う。うるさいと僕はたまにさだめを殴ったりする。さだめの肌は繊維っぽくてがさがさするから、僕の手は少し擦り剥けてかわいいさだめの頬がすこし僕の血で桃色になる。ぼくはさだめの顔が好きだ。右の、左に比べて細すぎる目のことをさだめは嫌だと言うが僕はエロくていいと思う。実際さだめは男からもてるけれど、さだめのひみつを本当のことだとみんな思わずに離れて行く。さだめはかわいそうな、顔のかわいい普通の女の子だ。別にかわいそうだからさだめのことが好きなわけではないし、僕はさだめの顔以外、たとえばやさしくて正直なところなども好きなのだけど、というかさだめがさだめとして居てくれるだけで僕は嬉しくて、でもその嬉しさはさだめにはうまく伝えられないと思うから、僕はときどきすごく悲しい。さだめはきのこの刺繍を食べるようになってから心が晴れたと言う。それまではしょっちゅう酔っ払って刃物を持って徘徊したり、ストッキングで寝ている彼氏(僕ではない)のペニスを絞めたり、自分でもよくわからない恐ろしいことをしでかしていて、それが自分でこわかったのが、きのこの刺繍食に変えざるを得なくなってからどうにも衝動は収まり、ずっと白くて柔らかい変形する、暖かい蛇の腹のような空間を転がっているような安心感だそうだ。僕はそんなさだめのために刺繍をする。綺麗な糸をたくさん持っている。たまにマーマレードを舐めながら、夜を刺繍で満たして行く。マーマレードが刺繍に落ちたらさだめは死ぬから、僕は最善の注意を払う。もしさだめが浮気をしたら、僕は布にマーマレードを染み込ませようと思っている。さだめは僕のことがとても好きで、だから僕とは居たくないという。こわいんだもん、みどりといると昔に戻っちゃうかもしれないし、そもそもあたし人を傷つけるの上手だから、終わってるから、実際みどりの目潰してるし、あたしみどりになんかあったら祈れないよ、きっとあたしのせいじゃんね〜というさだめを抱くとさだめは一旦繊維に戻るから僕はさだめだった繊維にぎゅっと射精をしてさだめをさだめの家の洗濯機で洗って乾かしてさだめの復活を待つ。さだめはきもちよくなるとすぐ繊維になるから、逆にそんなでもないと口でエロいことを言ってても人間のままだから、僕はさだめが恋人でよかった、と心底思う。さだめは正直でかわいい女の子だ。火をつけたら燃えて死ぬけれど、僕だって火をつけたら死ぬし、そんなの関係ない。僕もさだめも心変わりをするかもしれないけれど、さだめは最近復活の最中に僕の首に繊維を伸ばしているから僕は殺されるかもしれないけれど、さだめのために、僕は今夜もマーマレードを落とさないようにきのこの刺繍をするのだと思う。大丈夫。復活途中のさだめは膨らむパンのようで、僕はやっぱりさだめが好きだ、と思う。よく見える右目で、思う。僕はきのこの刺繍がだんだん上手になり、僕はそのうち、僕の身体に、きのこの刺繍をしようと考えている。