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空きっ腹にたましい

ほくたん はつたにむい

竜の話

きみのあおあざに触れたくてどうしようもなくなることがあった。きみは自転車に乗るのがへたくそなひとで(きみが言うには)、いつもその白い脚は緑や紫のあざだらけだった。足の甲から始まってくるぶし、脛はもちろん、どんな乗り方をしているのか腿の内側までつねにいくつかのあざを作っていて、それはときどき鱗のように見える。わたしがそれに触れたかったのはいたって簡単な理由で、そのとききみがどんな顔をするのか見たかったからだ。

触ってはいけないもの、それに触れたときに決定的に発生するはずのものはすなわち罰で、それを明確なえこひいきで免除されてみたかった。信じる、信じられる、ふたりのあいだにそういった愛情みたいな強いものがあって、それぞれにまったくの暗いきもちがないとき、痛みはふたりで共有できるものになり、わたしたちはしんと見つめ合えるような気がしていた。それはおそらく秘密であるとか、言葉にできないようなさみしさ、いやな記憶、そんなもので、それをふと相手に差し出すことの、差し出されることのできた時の空気を知りたかったのだ。それを手っ取り早くできるのが「あざに触れる」ということであり、このとききみに許されること(具体的には、不思議そうな顔で見つめられるなど)ができたときわたしたちの親密さを確かめた気になれるのではないかと思ったのだ。

と、なんだか小難しい理由をつけてこのきもちを説明した気でいるのだけれど、(それでもってわたしはこの理由がとても気に入っているのでそういうことにしたいのだけど)ほんとうは、もうすこし違った理由も絡んでいる。

すこしまえに、へんな夢を見た。きみがねむそうな顔でわたしの横に座っている。短いズボンをはいているから脚があらわになり、それはいつものあざまみれのものではなく、緑や紫のうつくしい鱗に覆われていた。わたしはそれがなんだか気づかない。きみは今にもねむってしまいそうだ。きみの脚に触る。鱗の生えたその脚にはたしかな、そしていつもより少し高い体温がある。脚から指を離すとき、鱗が波打つように逆立つ。きみはすこし、苦しそうに眉を寄せる。わたしはようやく気付く。そうか、きみは竜だったんだ、と言うとそのきれいないきものがひとつうなづいて目を閉じる。うすいまぶたのうらで、きみの眼球がぴくりと、ぼくを見つめる準備をしていた。

 

逆鱗にふれる おまえの鱗ならこわがらずともふれていたいよ

(井上法子)「永遠でないほうの火」