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空きっ腹にたましい

ほくたん はつたにむい

きのこの刺繍

さだめがきのこの刺繍しか食べられない女の子だって知ってからも、僕はさだめのことが好きだった。さだめは大学二年の春に今まで好きだった牡蠣のアヒージョも肉巻きアスパラもスイカもナタデココも塩パンもぶどうゼリーも全部食べられなくなって、代わりにきのこの刺繍を一生懸命噛むようになった。さだめと付き合ったのは三年生の夏だから、かれのれ一年以上きのこの刺繍で生活をしてきたきのこの刺繍の栄養だけで身体のほとんどができているさだめを僕は好きになったわけだ。きのこの刺繍はなんでもいい、ただそれがきのこに見え、そして刺繍だったら良いのだ。さだめはもはやきのこの刺繍以外のものを口に含むと全身から桃色の、おそらく血が混じった汗が吹き出し、二、三日は安静にしていなければいけない体で、付き合い始めた頃僕があげたミルクキャンディーを無理して食べるものだからミルクキャンディーは勢いよくさだめの口から発射され僕の左目を貫いた。左目は失明したが当たりどころが良かったので僕は生きている。これに関してはさだめは悪くない。悪いのかもしれないけれど僕にそれを罰する権利はない、さだめはぼくに嫌われないために一生懸命だっただけなのだ。僕はさだめのために毎晩大学が終わったらきのこの刺繍をする。なるべく美味しく楽しく食べて欲しくて、きのこ図鑑の中で色合いの美しいものを選んで作っている(幸い、世の中のきのこは僕の思っていたよりもずっと多く、しばらくは美しいものだけをさだめに与えることができる)。さだめは僕に刺繍をやめてほしいという。あたし眠らなくてよくなったから、ずっと刺繍できるからもう人間じゃないからメンタルもおかしくてもうみどりのこと紙切れにしか見れないし、みどりのことは好きだけどあたしおかしいから、みどりは刺繍なんかしなくていいよ、うまくできないけど愛してるからみどりのこと、眠ってほしいんだよ、ちゃんと、とさだめは言う。うるさいと僕はたまにさだめを殴ったりする。さだめの肌は繊維っぽくてがさがさするから、僕の手は少し擦り剥けてかわいいさだめの頬がすこし僕の血で桃色になる。ぼくはさだめの顔が好きだ。右の、左に比べて細すぎる目のことをさだめは嫌だと言うが僕はエロくていいと思う。実際さだめは男からもてるけれど、さだめのひみつを本当のことだとみんな思わずに離れて行く。さだめはかわいそうな、顔のかわいい普通の女の子だ。別にかわいそうだからさだめのことが好きなわけではないし、僕はさだめの顔以外、たとえばやさしくて正直なところなども好きなのだけど、というかさだめがさだめとして居てくれるだけで僕は嬉しくて、でもその嬉しさはさだめにはうまく伝えられないと思うから、僕はときどきすごく悲しい。さだめはきのこの刺繍を食べるようになってから心が晴れたと言う。それまではしょっちゅう酔っ払って刃物を持って徘徊したり、ストッキングで寝ている彼氏(僕ではない)のペニスを絞めたり、自分でもよくわからない恐ろしいことをしでかしていて、それが自分でこわかったのが、きのこの刺繍食に変えざるを得なくなってからどうにも衝動は収まり、ずっと白くて柔らかい変形する、暖かい蛇の腹のような空間を転がっているような安心感だそうだ。僕はそんなさだめのために刺繍をする。綺麗な糸をたくさん持っている。たまにマーマレードを舐めながら、夜を刺繍で満たして行く。マーマレードが刺繍に落ちたらさだめは死ぬから、僕は最善の注意を払う。もしさだめが浮気をしたら、僕は布にマーマレードを染み込ませようと思っている。さだめは僕のことがとても好きで、だから僕とは居たくないという。こわいんだもん、みどりといると昔に戻っちゃうかもしれないし、そもそもあたし人を傷つけるの上手だから、終わってるから、実際みどりの目潰してるし、あたしみどりになんかあったら祈れないよ、きっとあたしのせいじゃんね〜というさだめを抱くとさだめは一旦繊維に戻るから僕はさだめだった繊維にぎゅっと射精をしてさだめをさだめの家の洗濯機で洗って乾かしてさだめの復活を待つ。さだめはきもちよくなるとすぐ繊維になるから、逆にそんなでもないと口でエロいことを言ってても人間のままだから、僕はさだめが恋人でよかった、と心底思う。さだめは正直でかわいい女の子だ。火をつけたら燃えて死ぬけれど、僕だって火をつけたら死ぬし、そんなの関係ない。僕もさだめも心変わりをするかもしれないけれど、さだめは最近復活の最中に僕の首に繊維を伸ばしているから僕は殺されるかもしれないけれど、さだめのために、僕は今夜もマーマレードを落とさないようにきのこの刺繍をするのだと思う。大丈夫。復活途中のさだめは膨らむパンのようで、僕はやっぱりさだめが好きだ、と思う。よく見える右目で、思う。僕はきのこの刺繍がだんだん上手になり、僕はそのうち、僕の身体に、きのこの刺繍をしようと考えている。

最後の発明その発光・わたしはかなしかった

メリークリスマス、という言葉を二十四日に使うべきか二十五日に使うべきかわからないままに二十歳になってしまったわたしはそんな簡単なことも人に聞けないようなかわいい女の子でしかも処女で、二十四日の浮かれた夜を結局「メリークリスマス♡」と誰にも言えないで歩いていた。回数を忘れるくらいに口に出したおかげでばっちり覚えている住所、そこに住む眉毛のかたちがきれいな男の人、その人に会うための服と化粧と靴と鞄をガラスの反射で確認しながら胸の高鳴りを確認する。ああ、ヒロサキユウゴのうちがすぐそこにある!ヒロサキユウゴの最寄りのセブンイレブン!生存への感動で息をするときに「ひゅっ」と実体のある音がする。わたしは凡庸な感じにかわいくそれを自覚しているのでそこそこにモテるのだけれど、特定の恋人はおらずなんとなくふらふらしていて、そんな人生における唯一の渇望というのが、このヒロサキユウゴなのだった。

 

🎄

 

何故ヒロサキユウゴのうちへ向かうのか、というと闇鍋をするためである。クリスマス、闇鍋。これがどの程度ありふれたことなのかは全く分からなかったが、ヒロサキユウゴがそういうからにはそうするしかないのだ。闇鍋。ググった。「闇鍋(やみなべ)とは、それぞれ自分以外には不明な突飛な材料を複数人で持ち寄り、暗中で調理して食べる鍋料理(wikipediaより)」暗中で調理するまでが闇鍋なのか。ねぎは切って持ってきた。だいじょうぶ。手は切りたくない。というかそういう問題ではない死にたくない。というか勘違いでなければわたしたちはふたりきりで闇鍋をする。闇鍋デートである。楽しいのか。ヒロサキユウゴはなにがしたいのだろうか。どんなものを入れたとして、自分が二分の一食べるのである。迷った末に普通の鍋っぽい素材に加えてこんにゃくゼリーを買ってきた。ヒロサキユウゴが喉を詰まらせて死なないといいが。

ヒロサキユウゴの家に到着する。チャイムを押すと彼がのそりと顔を出す。眉毛が格好いい。「おう」と言われる。すこし、顔が熱くなるように思う。なつかしい冬のようなにおいが彼の部屋の匂いだった。

「あがれよ」

「ありがとう」

靴を脱ぐ。冬のにおいが強くなる。冬の、これは灯油の匂いだ。なつかしい。なつかしいね。

「なつかしいね」

「なにが?」

わたしはヒロサキユウゴが好きだ。それはヒロサキユウゴがわたしの思想を操っているから当然と言えば当然のことなのだけれど。

 

🎄

 

ヒロサキユウゴ。彼は無名の天才少年だった。小六でサイコキネシスをあやつり中二でテレパシーの原理を解明した。彼のそれは大いなる科学の結果だったもののいささかオカルトに寄っていたためこのいくつかの発見は明るみにはでなかった。ヒロサキユウゴはおとなしく賢い子供だったため、彼は部屋でゆるゆるとものを浮かせながら、これはあまり人には言わない方がいいものだと感じていた。そしてそもそも、彼は科学者よりも詩や小説を書く大人になりたかった。あるときからヒロサキユウゴがは科学をやめた。決心をした彼はある年のクリスマス、ありとあらゆる発見や発明品をガソリンスタンドの跡地で泣きながら焼いた。かなり寒い冬の夜だった。灯油の匂い、照らされるぬれた横顔。それを見ていたのがわたしだった。彼の発明をよろこび、彼の浮かせたポテトチップスをかじったのがわたしだった。きっかけは簡単で、放課後の教室、小学校の同じクラスだったわたしが彼の机の上にあったぴかぴかするボールを落としたことだった。落下した瞬間ボールは発光、その光に当たったわたしの白い靴下が一瞬で桃色に染色され、忘れものに気づいて戻ってきた彼のおびえるような瞳を見たその瞬間わたしは恋に落ちた。そしてそれはたぶん、ヒロサキユウゴも同様で、その日からわたしは彼の唯一の助手となり、彼のすばらしい発明を見つめる瞳は四つに増えたのだった。

 

🎄

 

ヒロサキユウゴの部屋は狭く、しかし片付いていて、石油ストーブの熱でほどよく暖かかった。

「鍋のなかみ、」

ヒロサキユウゴと再会してからこうしてお互いをしっかりと見る機会はまだ二回目だった。中学校の頃はどちらかといえば華奢で小さな印象だった彼の、色白だけがそのままにまるでクマのように大きな男になっていること。わたしの視線に気づいて彼が途中で言葉を切り、困ったように笑った。

「……ちゃんと持ってきた?」

「うん」

久々の会話でため口がいちいち引っかかる。

「闇っぽいものも?」

「うん、ベースは何鍋なの」

「トマトにした」

「なんで」

「闇っぽいだろ、それにクリスマスだし」

「なにそれ」

彼ひとりでいっぱいになってしまうような小さなキッチン。

「あったかいのとつめたいのどっちがいい?」

「なんのはなし?」

「飲み物」

「あなたの飲むものを一緒に飲む」

「相変わらずくだらない奴だな」

彼が電気ケトルの電源を入れる。少しずつ、水のうめくような声が部屋に充満し始める。

 

🎄

 

信じてほしかった。と思う。それは今でもそうだ。ヒロサキユウゴはだんだんわたしを好きになった。それはわたしも同じだった。なんてことないクラスメイトだったのに、ちょっとしたあんなことがあっただけで、そしてそのあと少しの時間を共有しただけで、とりかえしのつかないことが起こる。わたしも彼もかわいい人間だった。そしてヒロサキユウゴは恐れた。わたしが彼を裏切ること、発見を言いふらして彼の立場を脅かすこと。なにより、わたしが彼のもとからいなくなること。当然だけどそんなことを当時からわかっていたわけじゃない。約十年かけて見つけたのだ。不安定な時期の不安定な不安が原因でなければ、彼がああいったことをした理由は、今でもわからないままだ。

 

🎄

 

「電気消すぞ」

パチン、とスイッチが押され、部屋の中は暗くなる。そとの青色の夜の光だけがわたしたちの鍋を照らしている。ひとしきりの思い出話を終えて、わたしたちは鍋を眺めていた。彼の合図で様々なものが音もなく投入されていく。暗闇にシルエットだけしか見えないそれは気持ちが悪いくらいに食べ物には見えなかった。真っ赤な鍋。トマトジュースの匂いがする。カセットコンロの火、ストーブの火、ちろちろと炎としての輪郭を見せている。液体が鍋に投入される音。一体何なのだろう。わたしたちはいったい何を食べるのだろう。

「二人鍋で食中毒になったら心中みたい」

「べつにお前とは死にたくないよ。そういうの入れたの?」

「入れてない、安全鍋」

彼がくくっと笑う。わたしもえへえへ笑う。鍋、任せてごめんね、と言う。別にいいよ、と彼が言う。

「全部入れたから、蓋するよ」

ぐつぐつと言う音が不意に低くなる。部屋の空気もだんだんと煮詰まり、お互いの呼吸音が無限に反射する。

 

思い出話の中に、発明品のことは出てこなかった。

 

🎄

 

彼が彼の発明品を燃やしたその日、おそらく彼の不安定はピークに達した。わたしにとって彼はすばらしい科学者でなければならないのだと彼は信じていた。だからそうでなくなった途端に、わたしが自分から離れていくと思った。それは恋心の終わりであり、同時に裏切りであった。わたしは想像する。あの夜。帰りのこと。彼は石油ですこしぬれた手でわたしの手首に触れた。ひんやりと湿った彼の瞳を見た。直後、スローモーションのように彼が手に持っていたなにか硬い、たぶん金属工具の類でわたしの頭を殴った。鈍痛の中わたしは目をつむった。殺される、とは不思議と思わなかった。力の抜けたわたしを彼は地面へ寝かせ、少しの荒い呼吸音のあと、左手、親指の爪の間に激痛が走った。血が抜けていくとき特有の冷え、そして何かが挿入されたらしい違和感。彼はわたしの指を持ち上げ、口先へ近づけた。

 

「おれとのことを、忘れてください。

 

おれのことを、ずっと、忘れないでください」

 

彼は確かにそう告げたのだった。

 

🎄

 

左手、親指の爪の裏側。何か薄緑色のものがあり、それはたまに光った。蓄光のストラップのようにそれは安っぽく、美しかった。

「わたしの爪、」

わたしは暗闇の中でほの暗く光りだした爪をヒロサキユウゴの方へ突き出した。

「かわいいでしょう」

目が慣れてきた暗闇の中でヒロサキユウゴが目を細める。

「そうだな」

「知ってるでしょう」

「知ってるよ」

その機械、すなわち彼の最後の発明がどういう仕組みなのかはわからなかった。しかしその言葉は呪いのようにわたしの中でずっとうごめいていた。あの日以降、どのようにだったかはもう覚えていないけれどわたしたちは疎遠になり、別々の高校に進学した。わたしは彼のことを時々思い出した。どうしても忘れられなかった。彼の発明のことは急速に記憶から薄れていった。実をいうと彼の発明の歴史はわたしの記憶から得られたものではなく、当時の日記を暗記しただけの話だ。(日記の存在は彼の誤算だっただろう。)彼と過ごした日々のことを忘れる中で彼自身のことだけはずっと鮮明だった。だから大学の構内でたまたま彼とすれ違ったときに確信をもって気づいた。フルネームで呼んだ。彼はおそれるようにゆっくりと、でもたしかにこちらを振り向いた。何食わぬ顔で驚きと再会の喜びを語り、連絡先を交換して、わたしたちは今、闇鍋をしている。

ヒロサキユウゴが今、わたしの手首をつかんで、ゆっくりと口元に近づける。きっと彼はわたしが彼の呪いを知っていることを知らない。だから彼は安心しきっているだろう。そして怖がっている。自分のしたことに。わたしが今、ここにいることに。彼は口を少し開け、しかし何も言わないままにわたしの指を口に含んだ。呪いは解かれない。きっと彼はずっと、呪いを解かない。

わたしはヒロサキユウゴのことを「本当に」好きで安心した。知ってたよ。あなたが埋め込んだ機械のこと。最後の発明。あなたのことが好き。こんなものがなくても好き。好き。好き。好きだよ。

「マミカ」

ヒロサキユウゴがわたしの名前を呼ぶ。ヒロサキユウゴはわたしのことをきっと一生知ることはないのだろう。一生そばにいるとしても、いつかわたしに飽きてしまう日が来るとしても、わたしの気持ちを知ることは絶対にないのだろう。ヒロサキユウゴ、かわいそうだね。あなたのことを愛しているよ。

「マミカ」

暗闇の中で、ヒロサキユウゴがわたしにキスをする。かたちのよい眉毛。鍋の匂いと彼の唾液の匂いがむせかえるようだ。彼は鍋に何を入れたのだろう。たとえばそれが毒ならわたしは死ぬ。それでもいいと思った。彼がもうこわくなくなるのならそれでもいいと思った。わたしはこのまま処女を失っちゃうんだろうか。仰向けになると窓の外に月が見えた。夜の穴みたい。もしかしたら今までの話はぜんぶ遠い昔誰かに頭を殴られたわたしの妄想で、ヒロサキユウゴに愛はないのかもしれない。たまたま再会した幼馴染とセックスをしようとしているだけなのかもしれない。ありふれた大学生のクリスマスの出来事。そのあとわたしたちは付き合うかもしれないし、ひどいことを言われてなかったことにされるかもしれない。でも好き。それだけはほんとうだ。それならなんかどうでもいいや。顔が離れる。ヒロサキユウゴがくちびるをなめる。たぶん彼はくちびるについたわたしのリップクリームをなめていて、それはすこし甘いのだろう。甘い?と思う。口には出さない。月、いつもより大きいな、と思う。

 

わたしはかなしかった。

竜の話

きみのあおあざに触れたくてどうしようもなくなることがあった。きみは自転車に乗るのがへたくそなひとで(きみが言うには)、いつもその白い脚は緑や紫のあざだらけだった。足の甲から始まってくるぶし、脛はもちろん、どんな乗り方をしているのか腿の内側までつねにいくつかのあざを作っていて、それはときどき鱗のように見える。わたしがそれに触れたかったのはいたって簡単な理由で、そのとききみがどんな顔をするのか見たかったからだ。

触ってはいけないもの、それに触れたときに決定的に発生するはずのものはすなわち罰で、それを明確なえこひいきで免除されてみたかった。信じる、信じられる、ふたりのあいだにそういった愛情みたいな強いものがあって、それぞれにまったくの暗いきもちがないとき、痛みはふたりで共有できるものになり、わたしたちはしんと見つめ合えるような気がしていた。それはおそらく秘密であるとか、言葉にできないようなさみしさ、いやな記憶、そんなもので、それをふと相手に差し出すことの、差し出されることのできた時の空気を知りたかったのだ。それを手っ取り早くできるのが「あざに触れる」ということであり、このとききみに許されること(具体的には、不思議そうな顔で見つめられるなど)ができたときわたしたちの親密さを確かめた気になれるのではないかと思ったのだ。

と、なんだか小難しい理由をつけてこのきもちを説明した気でいるのだけれど、(それでもってわたしはこの理由がとても気に入っているのでそういうことにしたいのだけど)ほんとうは、もうすこし違った理由も絡んでいる。

すこしまえに、へんな夢を見た。きみがねむそうな顔でわたしの横に座っている。短いズボンをはいているから脚があらわになり、それはいつものあざまみれのものではなく、緑や紫のうつくしい鱗に覆われていた。わたしはそれがなんだか気づかない。きみは今にもねむってしまいそうだ。きみの脚に触る。鱗の生えたその脚にはたしかな、そしていつもより少し高い体温がある。脚から指を離すとき、鱗が波打つように逆立つ。きみはすこし、苦しそうに眉を寄せる。わたしはようやく気付く。そうか、きみは竜だったんだ、と言うとそのきれいないきものがひとつうなづいて目を閉じる。うすいまぶたのうらで、きみの眼球がぴくりと、ぼくを見つめる準備をしていた。

 

逆鱗にふれる おまえの鱗ならこわがらずともふれていたいよ

(井上法子)「永遠でないほうの火」

たたかう話

あなたにはたどり着けない ただじっと愛するという攻撃もある

(大森琴世)「京大短歌20号」

 

とってもやばい歌だ。愛???

世の中、たどり着けないものばかりだ。当たり前だ。頭のよさや要領、自分の見た目、いろんなものにいやになって、でもなんとか自分とうまくやっていかなければならない。その中で、とくに人に対する感情は、強くて、どうにもならなくてとてもしんどい。

困った。あなたはとってもすごい。わたしの何倍も何倍もたくさんのことを知っていて、それに得意げになったりもしない。本質的なやさしさなんかも持っている。許すのがとても上手だ。感情が上手だ。わたしの感情はどうしようもない。ださい。あなたはわたしと戦っていない。勝てない。対等にはきっとずっと、なれない。みじめな気持ちになる。あなたのことが好きで泣いているのか悔しくて泣いているのかわからない。わたしは泣いているのか。泣いているのをあなたが知ったらきっと困った顔をするのだろうな。勝てない。ぜったいぜったいぜったい勝てない!!!!!

愛するという攻撃、とはなんだろうか。

愛は基本的には自らの中にあるもので、それは正しく使えば他者を傷つけるものではない。たまに、その使い方をまちがえてしまうこともあるけれど、この歌の攻撃、はそのような意味ではないように思う。どうしてもたどり着けないなら、あなたを自分と同じ位置まで落としてしまえばいい。それができるのが愛である、と主体は考えている。あなたはすごい。最高だ。絶対に勝てない。でも、あなたを愛することがあなたにはたらきかけて、あなたがだめになればいい。それはあなたの価値を貶めない。あなたの内面をすこしずつ熟していきたい。わたしはなんにもできないけれど、あなたがわたしなしでは生きていけないようになればいいな。そのとき、愛することはかがやく刃に代わる。脳天に突き刺さるその刃はよく晴れた昼、反射してよくまたたくのだろう。わたしたちはだめになっていこうね。愛にとけた死体、想像上のそれは熟しすぎたスイカのようなにおいがしている。

はしゃぐ話

海にくれば海での作法に従って つまりははしゃぐ はしゃぐんだよ こらっ

(宇都宮敦)「ハロー・グッバイ・ハロー・ハロー」

 

 

生活がかわいい短歌、というととてもあほっぽいけれど、わたしはそういう短歌が好きだ。宇都宮敦さんの短歌を最近知って、きゅんとしまくっている。退屈な生活のまわる感じとか、その日常のほのかなずれを無意識レベルでいとおしく思う、ということがらをとても上手に切り取った短歌が多いように思う。この歌では、直接的な日常を詠んでいるわけではないけれどやっぱり心のふかいところでのいとおしさのようなものが感じられる。

海、というと、普段の生活とは異なる場所に存在するある種の「非日常」的なモチーフとして読まれることが多いように思う。「海にくれば海での作法」と言っている通り、この歌においても海は一見すると非日常であり、しかし、発せられる言葉が舞台とはちぐはぐになっていて、おもしろいなあ、というのが第一印象だった。

この歌の登場人物はふたりで、きっと主体とその恋人である。というのも、大勢で海に来ていてそもそも誰もはしゃがない団体はいないように思うし、その相手に関しては友人や親子であるという読み方もできるけれど、連作全体に主体と「君」(恋人)しか登場人物と言う人物は出てこないということ、そしてこの、どうにもせっかく海に来たのにゆるゆるした感じを見ると付き合って長いカップルのような印象を受けた。ふたりはなぜこんな形で海に来ているのだろう。謎である。非日常に見せかけた海の町の日常なのだろうか。なんとなく、海でも行こうかと海に来てみたもののいつもどおりの二人だったとか。

「海にくれば海での作法にしたがって!」

「え、どうすればいいの」

「なんかあるじゃん、わーって」

「え、なにそれ」

「つまりははしゃぐ!」

「あはは、なにそれ」

「はしゃぐんだよ!!」

「ふーん」

「こらっ」

「あはははは」

要するに書きたかったのはこれなのだけれど、こんな退屈でくだらないしかしどうしようもなく愛しい時間を短歌にすることはもうどうしよう、どきどきするしすごいことだと思う。つまりこれも、例に漏れず生活の歌だったのだ。わたしはこの短歌は上記のように、全体が会話の、主体側の発言であると読んだのだけど、こらっ、なんて本当に怒っている人はもちろん使わないし、というかそもそもこの会話自体、ちょっとはしゃいでないか?ぜったいじゃれてる。ほんとうにくだらないよ~でも意外とずうっと時がたった後だと、覚えているのはこういう瞬間だったりするからふしぎだし、生きるのはおもしろくてかわいいなっておもうのだ。

予告編

一首評を継続的に書けたらいいな、と思った理由についてのメモ。(どうせわたしはまたわすれてしまうから)

 

 

最近、自分なりに戦い始めていてうお~~!というきもちだ。というのも、最高の一首評集「地球の長い午後のために」(小田島了・岐阜亮司)のまえがきがとてもとても格好良くて、(くわしいことはぜひ買って読んでほしいのだけど!!!)そこではざっくりいうと自分の好きなものが消えてゆくのをだまって見ていていいのか!!!という旨のことが記されている。ほくたんの同期、後輩である彼らがこんなにもすごいことをしているのに、とてもすごいまわりのひとなのに、たくさんの人とつながれたのにわたしは一体何なんだ。ツイッターポエム芸人のままでいいのか、でも圧倒的に知識もないし二人のように評論や一首評も上手でない、まずどうしたらいいのかわからない、と結構まじめにぐるぐる悩んでいて、でも、好きな短歌なら、ある……と仕方がないから好きな短歌をツイッターで呟きまくることから始めている(正しくできているのかわからないけど)。このあいだ、先輩の石井僚一さんに、「すきな短歌のことは発信した方がいいよ、絶対本人も見るから、いいことしかないから」みたいなことを伺って思いついた手段で、だめだめなわたしでも「この歌いいんだよ!!!」と近しい人にまず、伝えられるツイッターはすごいなあと思う。んで、その延長としてこのひとつ前の記事を書いてみたりなんかしているわけなのだけど。あれはきもち!!!って感じで評ではない。もともと評を書こうと思って書いたものではないけれどそれがあとからなんか悔しくて、もっともっと(少なくとも)思ってることを正確に伝えたい、と思ったので、へたくそだけれど少しずつ始めていこうと思った。という次第でございます。がんばるぞ。

 

 

 

きみと呼ばれる女の子の話

短歌の女の子になりたい、というのは短歌をすきっておもってる女の子ならみんな思うのでは、って考えてるのですけどいかがでしょうか。すきな短歌の中に出てくる「恋人」がとてもすてきで、愛されててかわいいとき、それを詠む作者の目のあったかさみたいなものも感じて、これはみんながそうかわからないのだけどわたしはこんなふうに見られてみたいって思ってしまう。こんなことを言っていて、やっていてかわいかったっていうことがポエジーになるってすごくて、自分もやることなすことをおろかでかわいく生きていきたいって思わされる。説明していてもわからないから、いくつか引こうと思う。

 

 

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ(穂村弘

  

これは言わずもがなだよなあ。ゆひらっておいおい、きゅんとしちゃうしょやーってかんじ。「雪のことかよ」もいいよね、呆れてるけどなんかちょっと笑ってる気がする。これはたくさんのひとがいろいろ言ってるしこのへんにしとこ。

 

 

君がヘリコプターの真似するときの君の回転ゆるやかだった (堂園昌彦)

 

この歌も、作者の目線が優しい。「君」が2回出てくるのがあたたかく感じる。くるくる回る女の子はきっとへらへらしていて、ヘリコプターの真似なんかそうとうこころをゆるしていないとできないことだ。それだけのはなし、と言えばそうなのだけど、最高ののろけなのでは?ゆるやか、っていうのは離陸?着陸?という話を先輩としていたのだけど、わたしはこれはなんていうか、ディテールの甘いものまねなんじゃないかなあっておもった。おろかわいいってやつです?

 

 

牛乳が逆からあいていて笑う ふつうの女のコをふつうに好きだ(宇都宮敦)

 

牛乳を逆にあけると口がぱさぱさになるし、ぐちゃっとしてそののちこまる。たぶん、冷蔵庫を開けたらぐちゃっとした牛乳があったのだろう。恋人の存在をそのゆかいなおろかさを思って笑っちゃったよ、なんて、ほんとぴかぴかかよ〜って思う。下の句はとても安心感があって、生活を感じる上の句とうまく響いているように思う。ふつうにしあわせなのだろうなあ。

 

 

 僕のパーカー身に纏うときひるがえってあなたはちいさなお化けだ  とうとい/石井僚一

 

ひるがえって、がひらがなでひらひらしてるかんじがする。なんとなくだけど恋人はフードのあるパーカーを羽織っていて、それは作者のもので、あたままでパーカーに包まれている女の子がにこにこしている光景を想像した。お化けだ、なんてふつう女の子に使わないけれど、ちいさな、がつくだけでこんなにもいとおしさが感じられる。そしてとどめのとうとい。あわわわわ…この目線がとおとい。全部とおといよ。(7/31歌のミスを直しました!ごめんなさい!!)

 

 

ひとひらのレモンをきみは とおい昼の花火のようにまわしていたが (永田和宏

 

そんなわけなかろーー!!って思うけれどそうだったんだろうなって思う。きみは、のあとの空白に愛てきな思慮が見えるような気がする。紅茶か何かに入っているレモンをスプーンの先でいじる姿に恋人フィルターがかかるとそれはとおい昼の花火になるのかよおーーーばかばか!!ここまで書いてなんか涙が出てきたよ。永田和宏さんの奥さんは河野裕子さんっていうのが何度考えてもとてもぎゅっとする。一刻もはやく四十年の恋歌よまねば。

 

今回は男の人から女の人をみた歌ばっかりを引いたから、その鏡として、いくつか女の人の歌でかわいい!ずるい!ってのをいくつか!

 

 

 夜はわたし鯉のやうだよ胴がぬーと温いよぬーと沼のやうだよ(河野裕子

 

というわけでドーン!!!!!奥さん!!!!!うわあーー!!!!!かわいい!!!!えへへ♡な女の子がちらちらする!!!ほくたんの岐阜亮司くんが一首評を書いていて(めちゃくちゃよかった)、この歌を知ったのだけどこれはなんとまあ、きゅんとさせられるのだろう。岐阜さんは、酔ってる歌だと読んでいたけどやっぱり無防備さやあほさってかわいいんだなあと思った。

 

 

今好きな人にあったら眠いから抱きしめるかも  好きなだけだよ(今井心)

 

無防備といえばこれだと思うんです。なんかもう完全に泣いてるんだけど、ほんとこれはずるいです。眠いからではなくて好きだからじゃん!!!眠い→抱きしめるの理由が好きだ、ということっていう理由の連鎖みたいに読んだのだけどこのねむさによる素直な不合理さみたいなものがとても魅力的だ。作者がいま時点ではひとりで、ただ好きな人のことを考えてるだけっていうのもきゅんとする。ほれちゃうよ〜ってきもちです。

 

つ、つかれた…。さっぽろ文学フリマを経て、人生でいちばん短歌について考える毎日をすごしているのでみんなと話がしたい。いろいろ教えて欲しい。とりあえず吐き出したくてこのへこへこな記事を書きました。ほんとうはもっと取り上げたい歌とか、いい伝え方とかあると思うから消しちゃったりつづきを書くかもしれないけれど、読んでくれたら嬉しいな。はあ首が痛い、とりあえずすっきりした!

あと、短歌のことをこうやって書くのははじめてなので、なにかまちがってたら教えてください…。おねがいします〜!

 

 

きみの歌うグリーングリーンいつまでも誰も死なずにらららで終わる/初谷むい